第一部 

神代の残韻 




第一幕

 第 一場


 時   敏達十四年
 場   敏達の宮、橘豊日王家控の間


−穴穂部間人妃が一人、落ち着かない様子で何かを待っている。


間人妃 (独白)この宮に立籠める重々しき空気よ。

大王の様態を伝える采女たちの密々声。
神妙な顔を取繕った皇子たちの心中の期待と不安。
柱の陰で密談する群臣たちの胸算用。
まるで鬼神すらも息を潜めたかのような、この陰鬱さ。

この空気は私の心をも闇へと誘う。
否、私も、この重々しき空気を作っている一人。
此処で息を殺しながら、
その報せが何時とどくか、
不安と恐れに戦慄きつつ、

此処で、私は待ち続けているのだ。


   采女登場、額づいて妃に啓上する


采女 穴穂部妃様、たった今、大王が身罷られまして御座います。

間人妃 左様か。
退がってよい。


   采女、深々と辞儀して退場。間人妃一人。


間人妃 大王の助からぬことなど、遠の昔に解っていた。
天孫として尊く生まれ来しも、病神は誰彼の区別なく祟るもの。
まして、仏塔を焼かしめ、御仏の像を堀江に流さしめた大王の、
仏罰を招いて即座に死ぬるは当然の報い。

百済王から仏の教えを譲り受けた、先の大王を同じく父にもちながら、
蘇我の小姉君が母上の私や同母弟たちと、
蘇我の堅塩姫が母上の我が君や炊屋妃とは違い、
一滴も崇仏の蘇我の血引かぬあの大王は、
崇仏の心薄く、蘇我の血を憎み、
御仏を軽んずる連中と手を結んで、
事ある毎に御仏と蘇我に楯突いてきたのだ。

そしてとうとう半年前の、
布都の神祀る物部守屋と、神祇官中臣勝海をして、
叔父馬子の苦心して建てし大野丘の仏塔を焼かしめた、
その報いの仏罰が、
疫病の流行と、それをもっての己の死。

その当然の死の時を、私は寸毫も案じては居なかった。
私が戦慄き、息を殺しつ待っていたのは、
その死のもたらす大きな嵐の始まりの報せ。
空の大王位に群がる皇子たちと、
彼等を担いだ群臣達が暗闘する、
大波乱の開始を報せる一報を、
私は此処で待ち続けていたのだ。

その嵐に、私も無関係では居られぬ。
大切な我が子のため、私も自ら嵐に飛び込まねばならぬ。

私の大切な子、
産みし時以来、私に一切の苦しみを与えず、
一年、一年、良き子に成長してゆく喜びのみを、
十一年にわたって与え続けてくれた、
智慧よく、美しき、
大切な我が子。
齢十一にして漢籍、経典を読み、
一を聞いて十を知る聡明さ、
他の子らが無駄に遊び騒いでいる時も、
一人静かに物思いに耽る、
まさに聡慧利根の子。
また、姿形も麗しく、
透き通る様な白皙に、
笑う顔の、幼き日の私に瓜二つの愛らしさ、
物思いに耽る顔の、御仏のような穏やかさ。
まさに総てを備えて生まれてきた、
私の宝、私の分身、私のすべての、
何より大切な最愛の我が子よ。
誰より大王に相応しいお前を、
一歩でも王位に近づけるため、
お前を皇太子にするために、
何としても、私は我が病弱の夫を大王位に就けねばならぬのだ。


   穴穂部皇子と泊瀬部皇子登場


穴穂部 お一人ですか姉上。
聞きましたか、今し方大王が亡くなったそうですぞ。

間人妃 つい先ほど私も采女から聞きました。悲しきことです。

泊瀬部 体が焼けるようだと、悶え苦しんで死んだそうですぞ。
まるで神の子孫とは思えぬような死に様だったとか。
大王家の者であっても、死んでしまってはどうにもならぬ。
我等も十分に疫病には気をつけねばなりませぬな、姉上。

間人妃 そちの言う通り。我等が余りに早く御仏の下に行ってしまっては、先祖の神々に申し訳が立ちませぬ。

穴穂部 御尤もです、姉上。
ところで、我等が義兄上、橘豊日皇子の姿が見えませぬが、また体調を崩されて居るのですか。

間人妃 いいえ、穴穂部。崇仏の心篤き我が君は、崇仏の心薄き大王の病快復のため、宮にて御仏に祈念しているのです。今となっては、それも空しきこととなってしまいましたが。

泊瀬部 義兄が年中病み勝ちなことは、誰もが知っていること。大王位をめぐっての敵同士になったとはいえ、水臭いですぞ、姉上。大王の危うき時に姿見せられぬとは、よほどの御不調。崇仏の心篤過ぎ、御仏の国にあまりに急いで行かれねばよいが。

穴穂部 言葉が過ぎるぞ、泊瀬部。

(間人妃に)姉上、私は心ない泊瀬部と違って、
姉上の御一家のことを心より心配して居りまする。
泊瀬部の言う通り、義兄上は体が弱過ぎ、到底大王の勤めなど果たせまぬ。
大王になれぬ年長の皇子の家族ほど、肩身の狭いものはありませぬ。
ならばこそ、体躯の強く、知恵にも長けた私が大王になり、
愛する姉上とその御子たちを守らねばと、
私は濃き血の姉弟の絆ゆえに、
重い責任感と義務感に心燃やして居るのです。

間人妃 志は嬉しいが穴穂部、まだ大王死後最初の朝議すら終わっておらぬのに、次の王位の話をするなど不謹慎。
それに、我が君はそちたちの言うほど弱っては居らぬ。大王の長子の、年中病み勝ちの押坂彦人皇子の噂と、そちたちはどうやら勘違いしている様子。

泊瀬部(独白)本来はか弱き姉上の、あの防禦の姿勢。
病弱な義兄を大王に推そうと、本気で企んでいるな。

穴穂部 押坂彦人皇子も橘豊日皇子も病弱な皇子、それは誰もが知っていること。
我等は濃き血で結ばれた同母姉弟、何も隠し立てせずとも良いではないですか。
腹違いの皇子たちの虎視眈々と大王位を狙う中、せめて同母姉弟くらいは心許し合い、互いに助け合わなければ、皆共斃れになってしまいますぞ。

蘇我の血の一滴も入っておらぬ押坂彦人皇子などが大王になってしまっては、
義兄上や我等の手に大王位は決して戻っては来ますまい。
大王と大后の子、大后が溺愛する竹田皇子が大王になってしまっては、
姉上の大事な厩戸皇子は大王にも皇太子にもなれますまい。

我等は大王家と蘇我家の血を丁度半分づつ受ける者。
すなはち、神々の尊き神聖なる力の恩恵と、地上の新興の権力地盤の恩恵とを、
兩に受けることの出来る半神半人の三貴子なのです。
我等が力を合わせ、そのうち最も強き者が大王になり、その者が他の者を守る、
そのように協力すれば、我等に逆らえる皇子や臣下など、誰の一人も居りませぬ。

泊瀬部 さて、蘇我大臣、馬子はどうかな。

穴穂部(泊瀬部に)左様、馬子叔父は侮れぬ。
大王家の屯倉を司り、韓国との国交も手中に収め、
大王家に后を出すこと筆頭の豪族、蘇我本宗家の中興の、
仏法を韓国から輸入した蘇我稲目の跡取りの、
蘇我氏の家長の馬子叔父は、
性、武略あり、弁才あり、そして新しき神、御仏を敬うこと第一の人物。
代々の権門、朝廷の軍事を司る物部大連家の権勢にすら追いつかんほどの勢いに、
蘇我の家を導いた知略の宗主。

しかし、大臣家といえども、大王と臣下とでは話は別。
先の大王は体躯も胆も小さく、
古参の中臣や三輪の言いなり、大臣の気を悪くしていたが、
大臣の力を利用できる知恵と、大臣の力を制御できる能力を持った私が大王になれば、
いくら昇り調子の大臣家とはいえども、当然ながら所詮は一臣下、
大臣のいいようにばかりはさせぬ。

泊瀬部(独言)兄は余程己の知恵と力に自信があるようだ。
蘇我の力を借りて大王になり、そして蘇我のいいようにばかりさせぬとは、まさに王者の言。だが、いくら同母姉弟の前とはいえ、王者でもないのに王者の言を口にするは命取りのもと。その腹の底と直結した軽い口が、思わぬ落とし穴にならねばよいが。
(間人妃に)姉上、そろそろ朝議に参らねばならぬ時間では。

間人妃 そうじゃな。早く参ろう。お喋りをするため、我等は控えていたのではないのだ。もしかすると、我が君も先に参られているやもしれぬ。

穴穂部 そうですな、姉上。早速に参りましょう。
そう言えばところで、義兄上のみならず御子の厩戸の姿も見えませぬが、
姉上期待の皇子が大王の危篤に控えておらぬとは、これは一体どうしたこと。


−間人妃、一瞬狼狽する


間人妃 ああ、あれは御仏の教えを学ぶに熱心な子ゆえ、父王と共に宮にて、大王の快復を祈念しているのです。

泊瀬部 熱心な崇仏父子が揃って祈念してもその願いを聞かぬとは、御仏の力も大したものではありますまい。あるいは、大王の快復を本当に祈念していたのかどうか…。

間人妃 何を戯けたことを申すのです、泊瀬部。御仏を愚弄するような発言、さすがに聞捨てなりませぬぞ。

泊瀬部 口が軽いは兄上だけの資質ではなかったようだ。今の失言、大臣などに聞かれてはたまらない。謝りますぞ、姉上。
(独言)朝議でも、滅多なことは喋るまい。我は黙って、機の熟する時を待ち続けるとしよう。
(穴穂部に)さあ兄上、我等は一足先に。

穴穂部 そうだな。
では姉上、先に参っておりますぞ。
(独言)泊瀬部は気付かなかったようだが、厩戸の名を出した途端の、
姉上のあの周章えた様子。
姉上よ、我が目は見逃さなかったぞ。
厩戸が奇妙な病にかかっているという密かな噂、
これは案外、本当なのかもしれぬ。

   穴穂部、泊瀬部退場。間人妃一人


間人妃 穴穂部の弟、我が周章えに気付いたか。
我が子の次に大切な穴穂部の弟よ。
もし我が子のうちに厩戸皇子が居なければ、
私に最早何の悦びも与えてくれぬ夫ではなく、
私は頼もしいお前の野心に与したかもしれぬ。
しかし、厩戸を皇太子にするため、
私はお前を、大王位に推す訳にはゆかぬのだ。


   間人妃退場




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