第三場
時 朝議
場 敏達の宮、朝堂
中央上段に大王の棺、その前の二座は空座。
片側上座から竹田皇子、押坂彦人皇子、物部守屋、中臣勝海、三輪君逆。
向かって片側上座から橘豊日皇子、穴穂部間人妃、穴穂部皇子、泊瀬部皇子、空座。
−皆着座し、朝議の始まりを待っている
勝海 (小声で守屋に)大連殿、大王の死は仏罰によるものと、下々の群臣は早くも陰口を囁いている様子。大王に廃仏の詔を求め、仏塔仏像を破棄した我等の立場、このままでは危うくなりまする。
守屋(勝海に)熱心に廃仏の詔を求め、嬉々として仏像を流した勝海殿の、
その胸中の不安は察するに余りあるところ。
しかし、一度してしまったことは取り返しがつかぬ。
そのように怯えなさらず、堂々となされよ。
それに、たとえ大王の死が仏罰によるとして、
塔や像を破棄したくらいで時の大王を祟り殺すとなど、
実にくだらぬ下道の神、その心の浅ましきこと、
我等の尊き国神(くにつみかみ)の御心の深さとは到底比べものにならぬ。
もし仏がかかる外道の神ならば、それを排するは我等の当然の務め。
三輪君 我等の神も祟りまするが。
守屋 (勝海と三輪君に)祟る、祟らぬは我等が勝手に決めること。
たとえば、山川草木の神々に祟られぬよう、
心正しく、己が分際をまわきまえ、
我を生かすすべてに感謝しながら生きることが、
国神を信ずる道だと、この私は思っている。
我等の心に過ちがあり、それを糺すため、
我等の神々もあるいは祟るやもしれぬ。
しかし、それは我等に自らの非を知らしめるための深き御心。
己を信ぜず、塔や像ごときを焼いたからとて大王を祟り殺すような、
かかる偏狭なる祟りとは訳が違う。
勝海 さすがは大連殿、その堂々とした仰言り様よ。
かかる外道の蕃神、我等は何としても追い払わねばなりませぬな。
守屋 神々を奉じての無益な争いは本末転倒。
愚かなる争いは、出来れば避けたいものであるが…。
勝海 (守屋と三輪君に)
神仏のことはともかく、亡き大王の御遺言を発表するというこの朝議、
大后様としては、自分の腹を痛めて産んだ子のため、
遺言を偽って、押坂彦人皇子様を退け、我が子の竹田皇子を皇太子にせんとすることは必定。
我等古参の物部、三輪、中臣の三家は、何としてもその陰謀を挫かねばなりませぬ。
三輪君 左様。
押坂彦人皇子様こそ、大王位を継ぐ正統の権利をお持ちの、亡き大王のご嫡子に御座る。
いくら大后の子とはいえ、竹田皇子が皇太子になるは筋違い。
我等三家でもって、竹田皇子の立太子だけは阻止せねばなりませぬな。
守屋 うむ。
勝海 あ、大連殿、三輪君、
大后様がお出ましの様子。
−大后の先払に采女たちが現れ、大后の登場を察した人々は威儀を糺し深く頭を下げる。
大后額田部炊屋妃、その後ろから蘇我馬子登場。
炊屋妃は棺の前の最上座に就き、馬子はその隣の次席に就く
馬子 大后様御着座、皆様方、面を上げられませ。
−顔を上げた勝海と三輪君、馬子の席次にあからさまに眉をひそめる。
馬子 ではただ今より、大王の身罷られて後、最初の朝議を開きまする。
まずは、大后様よりお言葉を…
勝海 (馬子の言葉を遮って)しばし待たれよ、大臣殿。
大臣殿の居られるその座はもとより大后様の座、大后様が亡き大王の座に着かれるも先例なき奇妙なことなれど、大后様の席に大臣殿の座られるは甚だ奇妙。
三輪君 左様。臣下の分際で皇子様たちの上座に座するなど不届千万。
泊瀬部皇子様の隣の一つ空いた空座こそ、本来大臣殿の座られる場所のはず。
さあ、御自分の座に戻られませ。
炊屋妃 (堂々と)三輪、中臣、控えなさい。
我が君を失いし悲しみに暮れる間も無く、
大王の御遺言を皆に伝えねばならぬ重責を、
次席にて補佐してくれと私が大臣に頼んだ席次、
朝議に参加できる大夫とはいえ、
お前達に文句を言われる筋合いはない。
勝海 しかし大后様、大王家と諸豪族の間には、それなりの秩序が御座います。
それを破られては、すべての秩序が狂いまする。
三輪君 左様。大臣殿の下座となった、皇子様たちも黙ってはおられますまい。
炊屋妃 (皇子たちの顔を見渡し)誰か、私のせしことに文句ある皇子は居るか。
−蘇我系の皇子たち、御意のままにと頭を下げる。押坂彦人皇子も、誰も頭を上げていないのを見渡し、一拍遅れて頭を下げる。
炊屋妃 どうやら皇子たちは皆納得してくれている様子。
私に文句があるのは三輪、中臣、そちたちだけの様。
それでもまだ何か、文句がありますか。
−勝海と三輪君、守屋に目で縋る。
守屋 (大后に)大王を失った悲しき我等、
その最も悲しまれておられる大后様の御意のままになされること、
どうして臣下の我等が咎め立てなどいたしましょう。
しかし、ものごとの順序を尊ぶ二人の忠臣の申すことも、
これはこれで一理御座います。
亡き大王の遺言を我等に伝える重責のため、
今回限り大臣のその席次、慣例にならぬと御断言下されば、
さすれば三輪も中臣も、
きっと喜んで大后様の御意に従いましょう。
馬子 (守屋たちに)大后様も元よりその御心積り。三輪君、中臣連、御安心なされよ。
それに私とてかかる畏れ多き座、出来れば御免被りたいもので御座りますよ、大連殿。
守屋 されば一安心、仕切り直して朝議を始めましょうぞ。
馬子 左様でござる。
では大后様より、先ずは亡き大王の遺言を発表していただきましょう。
−勝海、三輪君、唇を噛みながら顔を背ける。
炊屋妃 皆の混乱も鎮まった様子、
では大王の三つの遺言、皆に申し渡しましょう。
先ず一つ、大臣と大連の職は蘇我馬子、物部守屋の両名が留任すべきこと。
馬子 ははっ
守屋 ははっ
−両名、深々と頭を下げる。
炊屋妃 両人よ、これからも大王家のために励んでたもれ。
馬子 ははっ
守屋 ははっ
−両名、より深々と頭を下げる。
炊屋妃 では次に、殯宮について。
殯宮の造営、警護、一切の任は三輪君逆に命ずる。
−三輪君一瞬驚き、次の瞬間に顔中に喜色を浮かべ、額づく。
三輪君 そのような名誉な大任、畏れ多くも承りますとは。
この逆、身を楯にしても亡き大王の御遺骸、必ずやお守りいたしまする。
炊屋妃 そちの忠義、亡き大王も私も、嬉しく思いますぞ。
三輪君 ははっ
穴穂部 (大声で)あいや待たれよ。
かかる重要な、亡き大王の御遺骸を守る役目、
臣下の三輪君一人に独占させるは如何なものか。
臣下一人に大王の亡骸を独占されるなど、
我は皇子として甚だ不愉快。
馬子 穴穂部皇子様、これは尊き大王の御遺言で御座いますれば、
我等の一存で覆すわけには参りませぬ。
穴穂部 しかし、せめて大臣殿がなされるが、
まだ私とて得心がゆくというもの。
炊屋妃 穴穂部、控えませ。
三輪君は亡き大王の寵臣なれば、
亡き大王が左様に望まれたこと。
たとえ皇子といえど、
大王の御遺志に楯突くことは許されませぬぞ。
穴穂部 ムムム…。
あい解りました。
−穴穂部、三輪君を睨め付けながら身を引く。
炊屋妃 では、三つ目、次の大王位について−
−皇子たち、群臣、固唾を呑んで大后の言葉に注意を傾ける。
炊屋妃 次の大王は−
朝議によって公正に決定せよ。
以上、三つが大王の尊き遺言である。
−人々騒めく。己か己以外の者が指名されると思っていた皇子たちと、遺言を偽って大后や蘇我の都合の良い皇子が選ばれるものと思っていた群臣は、その意外な言葉に驚き騒めく。
馬子 皆様方、御鎮まりなされませ。
尊き大王の、有り難き公正なる御遺言、
かかる御遺言を戴いたからには、
忌憚なき御意見を、皆様方、
大后様に申し述べられますように。
穴穂部 (身を乗り出して)ならば額田部大后様、蘇我大臣殿よ、
我、穴穂部皇子こそ、
この大王家を守る武略、知力に長けた皇子と、
自ら大王候補に名乗りを上げまする。
馬子 ほう、穴穂部皇子様が自らを推されると。
三輪君 畏れながら大后様。亡くなられた大王には立派な御子が居られまする以上、
その正統の皇子を差し置いて、大王の腹違いの弟君が名乗りを上げるは、
少し順序が違うような…。
−穴穂部、三輪君、互いに睨み合う。
勝海 三輪君の申されること御尤も。亡き大王の御遺志を継ぐは、
亡き大王の最も大事になされた御子こそが相応しいと存ずる。
馬子 それは大后様の御子、竹田皇子様のことですかな。
勝海 否、竹田皇子様も御立派な皇子なれど、
押坂彦人皇子様こそ、仏教を嫌う亡き大王の最も愛おしんだ皇子様。
その御歳も、竹田皇子様の若年に比べ、
十二分に大王の責を果たせる御歳。
血筋、御歳、立場から言って、押坂彦人皇子様こそ次の大王に相応しい皇子様に御座いましょう。
のう、三輪君。
三輪君 (大后と大臣をちらりと見ながら、言葉に詰まる)…。
勝海 ムム…。
(守屋に向って)左様で御座いますな、大連殿。
守屋 うむ。私もそう考えまする。
血筋や御立場から言えば、亡き大王の長子であらせられる押坂彦人皇子様こそ、
最も正統の権利を御持ちの皇子様。
御歳から申しても、実際に政を行えるは押坂彦人皇子様か、穴穂部皇子様か、
あるいは橘豊日皇子様か…。
炊屋妃 竹田皇子、そちから何か申すことはあるか。
竹田 はい、大后様。
大連や中臣たちは、義兄の押坂彦人皇子が正統であり、
実際に政を行えるなどと申しておりまするが、
亡き偉大なる父上の正統の后は、一体どなた様で御座いましょう。
大后様の不肖の子の私を庶子呼ばわりするは、
尊き大后様の名誉を穢すも同然と心得まする。
勝海 左様なことは申しておりませぬ。
それに、押坂彦人皇子様の母君が大后になられなかったのは、
花のように御命が短かったからなれば…。
馬子 控よ、中臣。
押坂彦人皇子様の母君の早死なくば、額田部皇女様は大后にはなれなかったと申すのか。
勝海 滅相もない、左様なことは…。
−勝海、大后に額づく
竹田 (無視して続ける)また、義兄押坂彦人皇子は幼年よりの病弱、
父上の危篤が続いていた時にも宮に控えていることが出来なかった皇子に、
どうして歳が上だということだけで、
実際の政が出来るなどと判断できましょう。
馬子 うむ。聡明なる竹田皇子様の御言葉、一理も二理もありまする。
−押坂彦人皇子、咳を堪えながら俯く。
守屋 (毅然とした態度で)あいや待たれよ。
押坂彦人皇子様は御病弱とはいえ御立派な皇子様。
多少の御病弱も、我等群臣が御輔けして政を行うは、
決して不可能なことではありますまい。
それに母君の御位も、
共に生きているか、共に死んでいるかの御二方を比べるは可能なれど、
片や御存命、片や御亡くなりの御二方を比べるなど、
それは元より不可能な話。
御病弱も御若年も、どちらが良いとは言いかねること。
さすれば、共に優劣なき聡明なる御兄弟の、
兄を差し置いて弟が大王になるは、これは皆目筋の通らぬこと。
かかる筋なき相続が相成るならば、
代々朝廷に仕える兵部の大連、
弓矢もって理非を糺すも、辞さぬ覚悟に御座ります。
−朝堂に緊張が走り、しばしの沈黙
穴穂部 (沈黙を破って)アハハハハ。
優劣なき御兄弟の、とんだ足の引っ張り合よ。
片や若年、片や病弱、ならば年長にて屈強な、
私を大王にすれば丸く納まる話ではないか。
馬子 穴穂部皇子様は余程自信が御ありの様子。
血筋や御歳も勿論大事なれど、自分が大王となり善き政をせんとの意欲も、
それは大変大事な要素。
この馬子、穴穂部皇子様の主張を高く評価いたしたく思います。
ところで穴穂部皇子の同母弟君、
泊瀬部皇子様は、何か仰言られることは御座いませぬか。
泊瀬部 私は何も言うことは御座らぬ。
大王には、成りたいと願う者が成ればよいと思う。
馬子 ほう、では大后様の同母弟君、橘豊日皇子様は何か。
橘豊日 私も押坂彦人皇子と同じく病弱の身ゆえ、
何も言うことは御座らぬ。
間人妃 (橘豊日の言葉を遮って)いいえ、御待ち下され、
我が君は多少は病弱なれど…、
橘豊日 妃、そちは黙っていなさい。
炊屋妃 (橘豊日皇子を制して)弟よ、
間人妃もれっきとした皇女、言いたきことは言わして御あげなさい。
−橘豊日皇子、妻を制する手を引く。 間人妃、大后に一礼して続ける。
間人妃 我が君の多少の病弱、
すでに皆様も御存知の通り。
されど先ほど大連殿の申されたように、
それを輔けるが群臣の務め。
そして、畏れ多くも亡き大王は仏法を廃せんとし、
その御命と政を過たれて御座いますれば、
御仏の御怒りを収めることこそ次の大王の第一の務め。
また、大王が仏罰に当たられたと、群臣や下々の民たちは
密々と噂しあって居ります様子。
大王の死が仏罰によるものでないとしても、
人々が左様に不安に思っている以上、
それを慰撫するも次の大王の大事な務め。
さすれば、仏法を求められた先々代の大王の子にして、
亡くなられた大王の義弟、そして、大后様の同母弟の、
仏法を常より尊び居りまする我が君こそ、
あるいは、次の大王候補に入ってもおかしくはないと存じます。
炊屋妃 ほう、めずらしい、間人妃の力強き仰言り様。
(勝海、守屋たちの方をちらりと見てから)
もし私が母としての情を捨て、竹田皇子を大王に推さず、
同時に押坂彦人皇子も候補から外すとすれば、
そちの夫の橘豊日皇子と、そちの同母弟の穴穂部皇子、
どちらが大王に相応しいと考える。
間人妃 (大后の目を直視しながら)大后様、
我が君の病弱よりも、私の最も心配するは我が子厩戸の病のこと。
今まで皆様には黙っておりましたが、
我が子厩戸は奇妙な病にかかり、ほとんどものも食べられぬ有り様。
−皆、騒めく。
間人妃 その病を儚んでか、皇子の座を捨て法師になりたいと、
我が子は常々口走っておりまする。
たとえ仏法を尊ぶ我が君が次の大王になったとしても、
その政を、我が子は到底輔けられませぬ。
子が父を輔けられぬことのみ、私の心配。
(大后の目をじっと凝視し)
一方、同母弟穴穂部皇子は、
知恵、武略に恵まれるとともに、
何より屈強な体躯に恵まれておりまする。
同母弟ならばきっと、長生きをし、元気な子をもうけ、
立派な子に輔けられての政を行うことが出来ましょう。
−炊屋妃と間人妃、互いの目をしばらく凝視し合う。
炊屋妃 間人妃の意見、よく解った。
(威儀を糺し)
皆の貴重なる意見、しかと承った。
この朝議でのそれぞれの意見が尊重され、
きっと公正なる判断にて次の大王が選ばれよう。
亡き大王の尊厳と遺志をもって、
この朝議の決議、私が預かることとする。
ではこれにて、朝議を終えよう。
皆の者、御苦労であった。
馬子 (大袈裟に)
ははっ
−馬子がひれ伏し、次に蘇我系の皇子たちひれ伏し、続いて他の人々がひれ伏す中、大后堂々と退場。
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