<河上雅哉 小説二(2000年)>






幻の女 あるいは マダマ・バタフライ




















「ブラヴォ、ブラビッシモ!」
 和音の最後がオペラの終幕を知らせ、久々の静寂がそれまで振動し続けていた劇場の空気を慰撫しようとするかに思われた。しかしその途端、それらは再び拍手と喝采によって細かな振動の姿へと打ち砕かれてしまった。
 人々は誰かに強いられていた沈黙から開放されたかのように、自らの感動、陶酔、ただただ溢れてくる様々な感情を幕の下りつつある舞台にむかい、それまでとは逆の立場となり、もはや歌うことない主人公の骸にむかって拍手、歓声、思い思いの音でもってそれらを投げ掛け続けるのであった。
 「大和屋!」
 歓声に混じって意味不明の屋号も飛んでいた。歌舞伎や浄瑠璃でもあるまいしオペラ歌手に屋号などあるはずもなかろうが、しかし、その叫びはさほどこの場に不釣り合いなものではなかった。桜吹雪の中、狂ったように舞いながら咽喉を突いた白塗りの女は確かにお七や鷺娘のように見えなくもなかったし、音楽の随所にちりばめられた「みやさんみやさん」や「おおえどにほんばし」の旋律、平面 的な書き割り、そして何より、ずばぬけて美しい、浮世のものとは思えぬほど甘美な、そしてあまりにも幻想的なプッチーニの音楽は三味線とヴァイオリン、謡とベルカントの違いなど些事にしてしまうような力−音楽という秩序的な無秩序の魔力、あるいは理性のあずかり知らぬ ところの衝動−とでも言うべきものをもっており、その力が今、総ての論理と現実から観客たちを解き放っていたのである。



…あまりにも頭の中で響き続ける音楽に、僕は拍手することすらできなかった。
 舞台の中央に横たわる蝶々さんの亡骸を見ながら、僕は已んでしまった音楽を一人聴き続けていた。


 流れるような音楽。甘美なる音楽。


 どんなに劇場中の空気が拍手喝采に掻き乱されようとも、その音楽はこれっぽちも乱れることなく僕に流れ続けた。


 それははじめての感覚だった。


 今まで聴いたコンサートやLIVEで、あまりの感動に涙が流れたり鳥肌がたったりしたことはあったが、聴き終わった音楽に心も体も乗っ取られ、その音楽が自分の中で響き続けるような感覚を、僕はいまだかつて経験したことがなかった。
 「感動」−いや、違う。「陶酔」−少し近づいたけれど、それでもない。それらの言葉が表すところのすべてのもの、あるいはそれらの言葉では到底あらわせないような衝動的な一つの感覚が、今の僕を襲っていたのだ。


−幕が完全に下りる。


 その途端、僕は「一刻も早くこの場を去らねばならない」という直感に襲われた。
 カーテンコールに生き返った蝶々さんを、観客から花を受け取る一人のソプラノ歌手の姿を見てしまえば、この音楽は僕から永遠に消え去ってしまうだろう−この新しい感覚は大海に投じられた小石のように、時間の奥底深く埋もれて二度と再び海面 に浮かび上がってくることはないだろう−と、僕はなぜか直感したのだ。
 僕は隣の空席に置いていた制服の上着を手に取り、拍手し続ける人々の前を申し訳なさげに横切って通 路に出て、そして、舞台に背を向け段々通路を駆け足気味に進んだ。劇場からロビーに出る二枚扉にたどり着いたとき、突然、僕の背後の拍手がとてつもなく大きくなった。
 きっと、カーテンコールにソプラノ歌手が現れたのだろう。けれど僕は決して振り向かない。今振り返ってはオルフェオが失ったエウリディケのように、伊邪那岐が失った伊邪那美のように、僕の蝶々さんは永遠に黄泉の国に引き戻されてしまうだろう。

 僕は二枚扉の内側に入った。全くの暗闇の空間。拍手の音も鈍くなる。
 ロビー側の扉を開け、そして、僕は外に出る。

 久々の静寂と外の光。一安心した僕は閉じた扉に背をもたせ掛けた。
 そう、ここは長崎でもオペラの虚構の世界でもない、僕が本当に生きている街、昼公演の終わった劇場、いつもの春の昼下りなのだ。現実の世界の空気に薄められたのか、僕を襲っていた新しい感覚は少し僕から遠ざかり、何とか僕は自分の存在を御するだけの力を取り戻すことができた。

 
−ここは僕の現実の日々の世界。


 劇場正面玄関の大理石の階段を下りて、僕は観客の誰よりも先に春の穏やかな光を浴びた。そして、深呼吸一つしてから僕はバス停の方へ向かって歩みを進めた。上着をはおりながら、緩めていたタイをきちりと締め直しながら、そして僕に流れ続ける「蝶々夫人」の音なき音楽を聴きながら僕は歩いた。

 ふと足を止め、カフェのウインドウに映る自分の姿にちらと目を遣り、僕は身嗜みが整ったかどうかをチェックする。
 「 OK」
 文句なく着こなされた制服。それは母の言うところの「高等学校生のれっきとした正装」である。
 そう、ウインドウに映っている姿のとおり、現実の世界で僕は蝶々さんでもピンケルトンでもヤマドリ侯爵でもなく、今年度最終学年を迎えるただの高等学校の普通 の高校生だ。
 性格良し、眉目秀麗、健康状態良好−とでも鏡に向かって言っておこうか。自分のことならどうとでも言える。どこの世界に「性格悪いあまったれ」と自己紹介する人間がいるだろう。それから僕の名は…いや、やめておこう。たとえばこれが映画や芝居で、僕がその中の登場人物だったとしても、観客の方々はこんな平凡な高校男子の名前や細かなプロフィールなぞ知りたくもないだろう。それに、これは映画でも芝居でもないのだから。
 「ニコリ」
 カフェの客達が見ていないのをいいことに、僕はウインドウに向かって微笑んでみた。

 
−視線を前にもどすと、南行きのバスが丁度「劇場前」ストップに到着していた。
 僕はバスまでの数十歩を小走りに駆け、そしてバスに飛び乗った。数分後には劇場の客で満席になるであろうバスの座席は、ほとんどが空席だった。空いていた一つの席の窓際に座って外を眺めると、劇場からはやっと人々がちらほら出てき始めたところだった。けれど無情にも、ププッと、バスは観客たちも劇場も後に残して南に向かって走り出した。


 この街は南北に伸びた台地にある。西には海が広がり、東には元々は潟だった平野が広がっている。


 何千年も前、この街は海の底にあったのだ。


 何千年もの時をかけて、この土地は海の底から隆起して陸になった。そして数百年前にここがやっと台地になったころ、台地の北側には地方一の大きな河が流れ、台地の麓に現在広がっている平野は兵馬の進めぬ 湿地だった。
 だから昔、この街が「水の都」と呼ばれていたその頃、天然の要害だったこの台地の北端には難攻不落と謳われた城塞が威容を誇っていたのだった。その城塞はもともとある宗教勢力の堅固な寺院だった跡に建てられたものであり、そしてその難攻不落の城塞も失われた今、その城跡に建てられたのが今日のマチネーを聴いた「不死鳥座」なのである。
 「不死鳥座」という珍奇な名前は西洋のある街−ここと同じく「水の都」と呼ばれていた街−にあったオペラ劇場の名前を漢語になおしたものらしい。いっそのこと「フェニックス座」とでも呼んだほうがまだましだという意見も多いようだが、僕はそんないんちきくさい英語風の名よりも「不死鳥座」のほうがずっと好きだ。「フェニックス座」という名前はフェニックスという音以外のいかなる音ももちえないけれど、「不死鳥座」はフェニックスという英語以外にも、ラテン語、イタリア語、フランス語などいまだ聞いたことのない「不死鳥」という意味の音を漢字の向こうに想像させる幻想の魔力をもっている−と僕は思うのだ。
 「不死鳥座」というその名はともかくとして、寺院という人々の祈りと僧侶達の政治闘争の場所、城塞という武士達の戦いと権力者達の愛憎の場所がオペラ劇場になってしまったことに、僕はなによりも現実というものの面 白さを感じてしまう。なぜなら舞台の上で繰り広げられるようなオペラチックな大袈裟な出来事が、ここでは実際に繰り返されてきたのだから。戦争、陰謀、愛憎、殺人、−僕の日常生活からはほど遠い荒唐無稽な日々を、とても現実とは思えないオペラの世界を、人々は本当に生きていたのだから。


−台地を南北に貫く大通りを南へ走り続けるバスの窓の外に、大通り名物の桜並木が流れ始めた。ほとんどの桜はまだ八分咲きだったが、中にはすでに盛りを過ぎ、春風に花びらを舞わせているものもあった。桜吹雪−と言うにはささやかなその花の舞に誘われ、僕は窓を半ばまで持ち上げた。

 外の空気がバスの中に吹き込んだ瞬間、僕は一瞬「桜の香り」のようなものを感覚した。

 しかし次の瞬間、「桜には香りが無い」と考えた途端、その感覚は瞬く間に失われてしまった。

 僕はちょっと損をしたような気分になった。けれど、その一瞬の「香りの無い香り」の感覚は、しばらく僕の心の水面 下に潜っていた「音無き音楽」を再び僕の意識の前面に引上げたのだった。

 桜の香りと桜吹雪とともに「蝶々夫人」の音楽が再び僕の中にフェイド・インしてきたのだ−。
 


…「歓びに満ちた春風が、海に、陸に、そよいでいます。
 私は三国一、いえ、宇内一幸福に溢れた花嫁ですわ。
 
 皆さん、私は愛に誘われて参ったのです。

 私は今愛の戸口にさしかかりました。
 ここは幸せへの入り口でございます。
 生きる人のしあわせと、死んだ人の幸せと。

 生きる人のしあわせと、死んだ人の幸せと。」

 
 雪のように桜花の降りしきる中、どこからともなく流れてくる甘美な音楽とともに女達がゆるりゆるりと坂を登ってくる。

 女達の中央には白無垢姿の小柄な花嫁。
 夢と期待に溢れた音楽は、彼女の心の中で流れているのだ。

 花嫁の名は蝶々さん。未だ見ぬ良人、異人さんのベンジャミン・フランクリン・ピンケルトンとの婚礼に、彼が二人のために買ってくれた丘の上の愛の家−向こうに海を一望し、周りを桜で囲まれた小さな家−に、彼女は登って来つつある。

蝶々さんの友人達は唱う。

「美しい花の舞、底のない空、広がる海。
 かわいいお友達、あなたの結婚に幸がありますように。

 けれどあなた、あなたを引き寄せる愛の戸口を越える前、
 振り返って、もいちど眺めてご覧なさい、

 あなたの愛したお国の海を」


 蝶々さんは何も言わずに後ろの海を振り向く。目の前を舞う桜吹雪は、まるで海に降る雪のように美しい。
 視線を戻して坂を登りきった彼女は、恥じらいながら辞儀をする。

「はじめまして」

 そして続いて、総ての女達が辞儀をする。

「はじめまして…」





−「丘町九丁目、丘町九丁目でございます。メガネと時計の六角堂へお越しの方は、こちらでお降りください」
 機械の女の声が読み上げるいつものフレーズに、僕は美しい蝶々さんの世界から唐突にバスの中へと連れ戻された。そして同時に、その声は僕をバスの外へと追い出す宣言でもあった。

 バスのステップをたたっと降りると、外はもう夕暮間近だった。蝶々さんの音なき音楽に浸りきっていたため、それまでまったく気付かなかった空の青色の深さにふと上を見上げると、まだ少し明るさの残った群青色の空の一点にきらりと宵の明星が輝いていた。
 「もうこんな時間か」腕時計を見ると、時計の針は思ったよりも遅い時刻を指している。

−そうだ、昼の短かった冬はもう完全に終わったんだ。

 春をあらためて確認した僕は急ぐでもなく家へ向かって歩きだした。
 家に到着するまでの間も、僕の中には色々な旋律が流れ続けた。


 「夕闇は迫り」−花の二重唱−「ある晴れた日に」−手紙の二重唱−「さらば愛の家」−愛の二重唱…何の順序も脈絡もなく、その日から、僕が何も考えていないときの意識の間歇に、蝶々さんやピンケルトンの声は、あるときは僕の総てを包み込むように、あるときは日々のBGMのように、どこからともなく僕に流れるようになった。
 その日から、僕の意識の水面下に蝶々さんの音楽が棲みついてしまったのだ。





 オペラを聴きに行った次の日、母の言い付けと当然の礼儀から、僕は昨日の「蝶々夫人」のチケットをくれた伯父の家を訪問することになった。
 伯父は以前世界的なオーケストラ指揮者をやっていた人で、今は経歴を活用しての音楽の個人教授や売文業などの仕事をしている。甥の身分でこう言うのも何だが、伯父にはなんとなく物質的生産や労働という行為から懸け離れたような、浮世離れしたような雰囲気があった。それは裕福だったという祖父から受けた高級な教育のせいなのか、それとも彼の芸術家としての天性に必然的な付加価値として与えられたものなのか、僕はいまだかつて伯父の「日常的な姿」というのを感じたことがなかった。
 僕の伯父に対するイメージを一言で言うなら「血を分けた他人」だ。しかし、それは薄情者とか吝嗇家とかいう意味でなく−それどころか独り者の伯父は僕を息子のようにかわいがってくれるのだが−常にスタイリッシュな自分の「役柄」を崩さず、かつて指揮者としてそうであったように、いつも目に見えぬ 観客を意識しているかのような生き方が、僕をして常に「たとえ身内であっても、他人との距離はゼロにはならないのだ」と思わせてしまうのである。
 
 同じ街にある伯父の家は台地の中でも最も高い場所にあり、僕の家からは全体が見えない海を一望することができた。曽祖父の代から受け継いでいるという洋館のくっついた家は、これまた主の伯父と同じく浮世離れした建物である。
 曽祖父は当時流行っていた洋風建築を取り入れ、それまであった和様の屋敷につぎ足すように洋館を建てた。伯父の代になって、老朽化のため母屋の和館を建て直すことになったが、伯父は今度は逆に、曽祖父の洋館に接ぎ木するように新しい家を建てた。古い木造の洋館と新しい和館がくっついているその奇妙な家は、玄関側から見るのと庭側から見るのとでまったく違った風貌をしていて、僕はその新旧和洋の混在した、まるで人の住むところではないような家が結構気にいっているのだが、僕の母はその建物を純粋に毛嫌いしていた。自分が生まれ育った建物を、母は住んでいるときから嫌っていたらしいが伯父が建て直してからますます嫌い「あんな生活感のない家、私は大嫌いだわ。あんなとこに住みつづけたら、きっと頭が変になってしまう」と事あるごとに言っていた。


−その晴れた日、僕は母から持たされた菓子の包みを手に伯父の家へと歩いていた。徒歩では二十分くらいかかる距離だが、上り坂が多いので自転車をこぐ気にはならず、かといってバスに乗るほどの距離もなかった。それに、心地よい春の陽気と幽かな風の音はぶらぶらと、ぼんやりと歩くのにはちょうどの雰囲気だったのである。色々な音や香り、こことそこの温度の違いなどを楽しみながら歩いていると、案の定、いつの間にか、僕はあと少し坂を登れば伯父の家というところを歩いていた。
 遠くに見える海を左手に見ながら、伯父に昨日の感想を聞かれたら何と答えようか、僕はあれこれ考えながら坂道を登っていた。

−蝶々さんとピンケルトンは上手かったけど、領事のバリトンに深みが足りなかったように思います。

−プッチーニのオペラはアリアや重唱がぶつ切りじゃなくて、音楽全体が流れるように進んでいくところが、僕は大好きです。

−「ある晴れた日に」で鳥肌が立ってしまいました。

−蝶々さんが桜吹雪の中で舞いながら自殺する場面は、芝居じみていたけれど、何だかとても生々しかったです。


−しかしやはり、あれは音楽はとても素晴らしいけれど、ストーリーはとても現実味のないメロドラマですよね。


−けれどやはり、あれは現実味のないオペラですね。


 と突然、昨日のオペラのラストシーンの桜吹雪ほどもある大量の桜の花びらが、突然空から僕の頭の上へと降ってきたのである。
 僕はあまりに非現実的な桜吹雪に呆気にとられ、目の前をひらりひらりと落ちてゆく花びらに目をまるくした。声も動きも失った僕が呆然と立ちすくんでいると突然、僕の頭の上で柔らかな女の笑い声がした。僕が緩慢な動作で上を見上げると、坂の斜面 の高低差でここよりも少し高くなった伯父の家の垣根越しに、一人の女が帽子の中に集めた花びらを僕にむかって撒いていたのだった。

 「アハハ、びっくりした? ダーリン」

 女は僕の古いあだ名を口にした。四年ほど前、英語の授業で教科書を音読させられたとき、僕はduringを間違えて「ダーリン」と自信満々に発音してしまい、しばらくの間そんな不名誉なあだ名を冠されていた。しかし、今でもしつこく僕をそう呼ぶのはただの一人しかいなかった。
 
 彼女は垣根から顔を引っ込めると数十秒もたたぬうちに門から姿を現し、こっちにむかって坂道を駆け降りてきた。

 佐藤裕香−「裕しく香る」と書いて「ゆうこ」と読む。

 平凡な名字と逆にオリジナリティーのある名前に、彼女は昔から愛着と誇りをもっていた。名前の美しさを褒められるとき、彼女はいつも最上級の笑みをたたえていた。僕は彼女のことをとりたてて美しいとは思わないけれど、名前を褒められたときの彼女の笑顔は確かに美しいと言えると思う。逆に、間違えて「ゆか」などと呼ばれたりすると−たとえ相手が初対面 の人であっても−彼女は明からさまに不機嫌な顔をして憚らない。だから彼女の周りの人間は初対面 の相手に彼女の名が「ゆか」でなく「ゆうこ」であることを、前もってそっと教えておかなければならないのだった。
 そんな彼女は僕の古くからの友人の一人で、去年までのクラスメイトだった。


 いかにも春らしい薄手のワンピースを風にたゆませ、楽しげに駆けてきた彼女は僕の前で立ち止まると帽子の中に残った桜花を払い落としながら言った。
「びっくりしたでしょ? アハハ、呆然とした君の姿、まるで舞台に迷い込んだマヌケな観客みたいだったわよ」
 僕は渋い表情をつくって答える。
「そりゃびっくりもするさ。いきなり桜吹雪が降ってなんかきたら、何が何だかわからなくもなるよ」
「ごめんなさいね。でも、きれいだったでしょ?」
 笑いと駆け足のせいで乱れた呼吸のリズムをを整えながら、彼女はコケティッシュな微笑みを浮かべた。
「でも、どうしてこんなところ歩いてるの? 君の家は九丁目の方じゃなかった?」
「それはこっちの科白だよ。何で君が伯父の家にいるんだい?」
「おじ? 冨月先生のこと?」
「そう、筆名冨月真也先生のこと」
「へぇ、じゃあ君は冨月先生の甥なんだ」
 彼女は妙に納得したような口調で言った。
「まぁそういうことになるね。で、裕香さんは何でここにいるの?」
「姉がね、先生に声楽のレッスンをしてもらってるの。今日はこれから姉とお出掛けするから、私もついてきてお庭で待たせてもらってたの」

 彼女が踵を返して坂を登り始めたので、僕も並んで歩きだした。
「でも、冨月先生がダーリンのおじさんなんて、付き合い長いのにちっとも知らなかったわ」
「僕もだよ。君にお姉さんがいるなんて知らなかった。いくつ? お姉さん」
「私たちの五つ上。とっても美人よ」
「そこまで聞いてないよ…」

 坂を登りきったとき、伯父が音楽室にしている洋館の方から歌声とピアノの音が聞こえてくるのに僕は気付いた。伯父の弾くピアノと、ソプラノの声、曲は−「カーロ・ミオ・ベン」だ。裕香と一緒に門を入ると、その音楽はよりはっきりと聞こえた。


 そのとき、僕は再び新たな感覚に襲われたのである。


 それは昨日の蝶々さんの時の感覚に似ていて、感動、陶酔、驚愕、いかなる言葉を用いても表現できないような類の感覚だった。蝶々さんの音楽が僕にのりうつり、僕の中で常にそれが流れるようになってしまったのと同じように、今、実際に聞こえているソプラノの声は僕の総てを鷲掴みにしてしまい、伯父のピアノも、目の前の景色も、自分自身の存在も、今の僕には遠い蜃気楼となり、ただそのまろやかなソプラノだけが「僕」となってしまったのである。それは、まるで僕の中に美しい声をもつソプラノが囚われていて、音叉のように、裕香の姉の声の振動に反響して歌いだしたかのような感覚だった。もし人間の精神において理性と感性の領野というのが実際に別 れているのだとしたら、この感覚はまったく感性の領野において起こっているものだろうし、そこには理性などが秩序立てしよう余地などこれっぽっちも残っていなかった。

 流れるような音楽。甘美なる音楽。

 そう、それは「音楽」としか言いえぬ衝動的な感覚なのだった。
 

「…まだ姉のレッスン中みたいだから、一緒にお庭で待たない?」
 裕香の声で僕は僕に戻った。目の前には伯父の家、横には裕香、そして遠くでピアノとソプラノの声。
「あぁ、それがいいみたいたいだね」
 僕は目で裕香に合図を送り、彼女とともに庭の方へ歩きだした。

「お姉さんいい声してるね。プロなの?」
「まだ学生よ。でもプロを目指してるみたい。今度コンクールがあってね、それを目標に冨月先生にレッスンしてもらってるんだって」
「そうなんだ。お姉さんの名前は?」
「はつね。初めての音って書くの」
「初音」さん−あまりにもあの声にぴったりなその名前を、心のなかで噛みしめるように、歌うように、まるで壊れた蓄音機がループになってしまったレコードを演奏するかのように、僕は違った音階でその名前を何度も繰り返してみた。


 庭に着いた僕は洋館の横の四阿に裕香を誘った。その四阿には音楽室の音がよく聴こえ、やわらかに響いてくる裕香の姉−初音さんの声は「カーロ・ミオ・ベン」、「ジュ・トゥ・ヴ」、愛の歌々を繰り返し歌い、春の空気を微妙に震わせ、その温かな柔らかさをより一層きめ細やかなものにしていた。

 裕香はもうすぐ終わる春休みのこと、来年度のこと、進路のこと、最近あった些細な出来事などを僕に色々としゃべり、僕も一応それに受け答えしていたけれど、実際のところ僕の耳も心もまったくそちらの方には向いていなかった。−目の前にいる裕香の姿にも、裕香の背後でひらひらと舞う桜の花びらにも、ましてや四阿の中の空間にも、僕の目は焦点を合わせることなく、ただすべてをぼんやりと見ながら、僕はある晴れた春の日の音楽の中に総てを溶けこませていたのだった。


−流れるような音楽。甘美なる音楽。
 

 そう、「音楽」のなかに。




(つづく)