聖徳太子






 序部


 時   明治
 場   法隆寺東院伽藍


−場の中央には八角堂。時の存在を忘れてしまうくらい静かな沈黙。しばらくして、数人の集団が何やら聞き取れぬ喚声を上げながら近づいてくる気配がする。


   国学派の壮士と、それに続いて数人の村民登場


−壮士は非帯剣の青年。村民たちは鍬や鋤、鉈を手に息を荒らげている。


壮士 (先走ろうとする村民を制しながら)
皆の衆よ、聞こし召せ。
今こそ、我等は積年の穢れを祓うのだ。

そもそも我等が神国は、
二柱の神の産み給い、天孫の代々治め給うてきた、
神聖なる神々の大八洲(おおやしま)。
しかるにその清浄なる神国の、何をもって、かように穢れるに至ったか。

祖先伝来の神々が軽んぜられ、神々の威神力の空しうなり、
我等が攘夷の悲願廃れ、
西欧蛮夷の傲慢に蹂躙されるまでの穢れに、何故にて至ったか。

黒船の武威によってか
−否、答は否である。
武は武を制すのみ。例えば、我等が官軍として降しめた会津藩士達の、我等をして天晴と思わしめた彼等のもののふのたましいは、武としては破るるも、決して枉げられ、穢されたとは云えぬ。
同じく神国の清浄も、そのたましいの清浄なれば、蒸気船や大砲ごときの武に、決して穢されなどはせぬ。

たましいの清浄を穢すは、それただ、たましいの不浄をもってのみである。

では何が、神国のたましいを穢したか。

たましいの永遠を説くという耶蘇の教えをもってか
−否、答は否である。
聞くに、耶蘇の唯一の神エホバは、伊色列族の氏神に過ぎぬという。
美辞麗句もて人々に現世の歓びを禁じ、農民達をして搾取さることを肯ぜしめた、
西欧人たちの崇める罪深きその神は、実は異民族の一氏神に過ぎぬという。
自への絶対信仰の替わりに、
その民を虐げる者には必ず復讐を果たしてやろうと言い、
また、復讐叶わず虐げられ続け、幸いにも不幸であり続けた民には死後に安楽を与えてやろうと言う、
偏狭、欺瞞この上ない一氏神の教えが、どうして大八洲すべてを守り給う神のたましいを穢すことなど出来ようか。

では、如何なるたましいが、この神国のたましいを穢したのか。

左様、皆の衆。我等が今より毀たんとする、伊色列よりより近き異国の蕃神こそが、
我等が神国の根幹に巣喰いし、神国の穢れの最大の根本なのだ。


−村民たちは手にした武器を打ち鳴らし、それぞれに意味不明の喚声を上げる。
 壮士の演説と喚声に気付いてか、壮士たちが現れたのと逆の方向から数人の修行僧たちが駆けつけ、状況を把握できぬままに壮士たちと対峙する。


壮士 左様、皆の衆。最大の罪は、この仏徒どもの奉ずる蕃神にこそあるのだ。

遠く欽明の年間に、渡来系氏族蘇我氏の、
権謀術策に長けた家長稲目の、己が一族の権勢の増長に利用せんがため、
韓国(からつくに)から移入し、その子蘇我臣馬子のさらなる奸智によって、
我等が神国の政事の根本に取入れられてしまった、この蕃神にこそ罪があるのだ。

蘇我氏の陰謀の駒にすぎぬ罪深き蕃神に、
いやしくも、用明、推古、聖武、称徳らの諸帝をはじめ、
時の人どもは蒙昧にも狂信し続け、
その挙によって、
幾百万の聖地が寺院の礎石に埋められ、
幾百万の民が無駄なる使役に鞭打たれ、
幾百万の無駄なる費が寺院の懐に転がり込んだか。
そして、その価として神国にもたらされたものといえば、
人を救わぬ無言の仏像、
それを納める空虚な堂宇、
それらに寄生する安逸懈怠の生臭坊主、
そして、現世に背を向ける安易なる虚無主義に過ぎぬ。

不遜なる仏徒どもは、かくして神々の威神力を弱め、人々を惑わすのみに飽き足らず、畏れ多くも本地垂迹などという詭弁曲説を捏造し、天照大神は大日如来の仮の姿であるなどと、神々は仏が神国に現れるための仮の姿、方便の姿だなどと、
実におぞましい言説もって、神々の御座しました場所に巧みに割り込んだのである。
清浄不穢の神々の頭の上に、
まるで枳に接がれた柑、美味なる果実は我が物顔で、
異国の蕃神どもは堂々と、神々と合混ざり居ってしまったのである。

我等は今こそ、その穢れを祓わねばならぬのである。
権力びとの横暴と、本地垂迹の詭弁曲説をもって、
磐戸に押し込められ、かかる蕃神どもに嫁せられた神々の、
今こそ、威神力を取り戻す時が至ったのである。
幕権に温々と守られ続けてきたお前たちに、
御一新々政府の正統なる勅令をもって、
我等は今こそ、神国最大の謀反に天誅を与えるのである。

皆の衆、手にした農具を高々と天に掲げよ。
奴等無用の長物たちの懐を肥やすため、今まで田畑を耕してきた農具を、
今こそ神々の怒りの武器に変えるのだ。
神々の怒りの鉄槌もって、堂宇を毀ち仏像を捨て、
我等のたましいを呪縛し続けてきた旧弊を悉く焼き尽くすのだ。
我等が積年のたましいの怒声を、皆の衆よ、有らん限り発するのだ。


−ようやく力の発露を許された村民たちは、様々の怒声を発しながら八角堂の正面に駆け寄ってゆく。手を拱ねいていた僧たちも、さすがに事緊急であることを悟り、堂の前に人垣を作り、そのうち三人の僧が階段を上って扉の前に仁王立ちになる。


僧一 下がりおろう、皆の衆。此処を何処と心得ての狼藉ぞ。
畏れ多くも、第三十一代橘豊日天皇の皇太子にして、第三十三代豊御食炊屋姫天皇の摂政たる、深植善本、辯才無礙、遊戯神通、一度に八人の言を解する豊聡耳の、法主王、法大王、上宮聖徳法王の住み給いし斑鳩宮の聖跡に建立された、法隆学問寺の東院、上宮王院夢殿と、此処をわきまえての狼藉か。

−僧たちと揉合いながらも、村民たち少々怯む。

僧二 下がりおろう、皆の衆。それ以上近づくならば大いなる仏罰を覚悟せよ。
寺伝曰く、この夢殿の秘仏を暴けば忽ちにして地震、天変起こり、この世の全ては崩壊するという。
そしてまた、秘仏を暴きし者の目は忽ちにして潰れ、阿鼻叫喚無限地獄の底の底に墜ち、孫子三代までも祟りに苦しみ続けるという。
その仏罰を覚悟の上なら、さぁお前たち、我等を押し退け上ってくるが良い。

−村民たち怯む。

僧三 下がりおろう、皆の衆。その男の弁口に惑わされてはならぬ。
新政府に弓引くは我等にあらず、その男こそ朝憲を紊乱する謀反人ぞ。
我等も慎んで太政官達を拝したが、そこには寺院を破損せよなどとは一言も書かれておらぬ。それはただ、神宮寺の別当社僧に僧衣を烏帽子指貫へ改めよと命ずるのみ。
そちらの文盲をいいことに、そやつは偽りの勅をもって皆の衆を惑わしているのだ。天朝様に次ぐ伝統をもつ我等に危害を加えれば、たとえ騙されたとはいえ、磔獄門は免れぬぞよ。


−再び怯んだ村民たちは、身構えたまま進退つかず、ちらりちらりと壮士の旗色を窺う。壮士は屹と堂上の僧たちを睨め付け、烈火のごとき怒りの口吻で言う。


壮士 それがお前たちのいつものやり方。
皆の衆よ、長年眼前を曇らしていた雲霞を今こそ払い、己が目を以てよく見るのだ。
何やら難しげな言葉を並べ、己のみ余人には解らぬ真理を悟っているかに見せかけ、祟りや迷信などの言をもって民を脅迫、恫喝し、己が勢力の権威、権勢に恃むこと大なる、この剃髪僧衣の人々の真の姿を、皆の衆よ、よく見るのだ。

我等が弾劾するは、異国の蕃神と古来の狂信の権力びとたちのみにあらず。
我等の最も憎むは、かの人々の沈滞せるたましいなり。
我等が毀つべきは、たましいなき宗門なり。

特に中世以降、この人々は一体何をしてきたか、皆の衆、考えてみるが良い。
大坂の寡婦と孤児を殺し、権力を手にした川氏の、
農民を徹底搾取せんとする封建支配と手を結び、
幕府の走狗となり、人々の自由を奪った、
大悪党こそこの人々。
寺請と人別手形の権威をもって、
人々を土地と門地に縛りつけ、
人々の体とたましいの自由を奪い、
幕府の封建搾取を根本から支えた、
その罪は重い。
幕府の走狗となることによって、安逸懈怠の厭世生活を続ける特典を与えられ、
かの人々は邪なるたましいの宗門たることすらをも捨てて、
ただの経読屋、ただの戒名屋、ただのまじない屋にまで成り下がり、
その商いで得られる濡手で粟の大きな金子で、
人々には無執着、無差別などを説きながら、
己は高官高位に執着し、
仏具仏像を金銀瑪瑙で飾り立て、
莫大なる金子をもって紫衣や法号を売買し、
喜捨の大小もって信者の志を天秤にかけ、
かの人々は豪華なる邸宅、山海の珍味美食、暖かなる衣服を、
今の今まで貪り続けてきたのだ。

古人の建てし仏閣の礎石の上に、
のうのうと胡座をかき続けてきた人々を、
皆の衆、我等は決して許しはせぬぞ。
古人の建てし仏閣の甍に守られながら、
執着、差別の生を貪る人々を、
皆の衆、我等は決して許しはせぬぞ。
古人の作りし仏像を見せ物に、
これからも日々の糧に困らぬ人々を、
我等は決して許しはせぬぞ。

いざ皆の衆よ、今こそ旧弊一洗の時、
我等が神国に巣喰う、あまりに大きなる無用の長物を毀つため、
かの人々の虚仮威しの権威の憑坐を、今こそ怒りをもって引きずり落とすのだ。

−完全に威勢を取り戻した村民たちは憎しみや怒りを露に武器を打ち鳴らし、今までにないほどの怒声を上げ修行僧たちを押し退ける。僧たちは抵抗するも、村民たちに次々と撥ね除けられ、階段下の人垣はあえなく決壊する。堂上に上った村民はそこにいる僧も一人、二人と牛蒡抜き、そして、最後の一人をも階下に突き落とす。
 村民たちは錠前の掛った堂の扉に肉迫し、そのうちの一人が錠前を毀たんと、手にした鉈を振り上げる。

 と丁度その時、偶然にも場に雷鳴が響く。

 (雷鳴)

−鉈を振り上げた村民は瞬時にして恐怖に固まり、他の人々も一瞬にして色を失う。彼等はじりじりと後ずさる。一番後ろにいた一人が足を踏み外して階段を落ち、悲鳴を上げる。その声に驚き、誘発され、全ての村民は口々に恐怖の悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らしたように去ってゆく。
 その混乱に隙を見つけた僧たちは、呆気にとられている壮士の後ろに回り、数人掛かりで羽交締め、抵抗する彼を引きずり、連れ去ってゆく。


壮士 皆の衆、恐れるべからず。
この国に巣喰いし空虚なるたましい、形だけの権威を、
今毀たずに何時毀つか。
放せ、破戒濫行の糞坊主ども、
遠くの雷鳴を恐れ、己が怒りをも叫ぶことの出来ぬ惰弱に、迷妄に、
民を導いたお前たちの罪は、
あまりに、あまりにも重いぞ。

−僧たちに引きずられ、喚きながら壮士退場。

 場に残った僧たちも乱れた着衣を糺し、僧衣に付いた埃屑を払いながら三々五々退場してゆく。

 誰も居なくなった場に、再び沈黙が訪れる。

 空気のさざめきが完全に鎮まるまで沈黙は続き、そして再び静謐に沈んだ場は、一切の音、一切の動き、一切の時間を失う。ただの場が、しばらくそこにあり続ける。

 どれくらい時間が経ったか判らないほどの静謐が続いた後、再び八角堂に近づいてくる人々の足音。



   政府の使者、その随員、続いて僧たち登場。

−使者は異国人、随員は日本人である。僧たちは一片の書類を手に周章えている。


随員 子細は書類の通りです。速やかに命令に従っていただきたい。先生も私も、暢気に平城巡りをしているわけにはゆかぬのです。

僧一 とは申されましても、夢殿の本尊は古来よりの秘仏。
しかも、我等が御祀り申し上げますのは、第三十一代橘豊日天皇の皇太子にして、第三十三代豊御食炊屋姫天皇の摂政、上宮聖徳法王、聖徳太子様で御座いますれば、そこいら辺の末寺とは寺格も伝統も比ぶべくもないわけで御座いまして…。
しかりますれば、畏れ多くも政府の御達しとはいえ、我等の代にて寺の伝承を覆すわけには、そうそうはゆきませぬ訳で。

随員 鍵は保管されていますか。

僧二 お待ち下さい、御使者様。御本尊を秘仏にせし理由は、伝統に拠るだけではないので御座います。
夢殿の秘仏を開扉すれば、地震、天変の起こり、忽ちにしてこの寺は崩れ落ちてしまうという恐ろしき寺伝が御座いますのです。
実際、十七年前の排仏毀釈騒動の時、不埒者どもがこの堂を開けんとした途端、雷の落ち、まさに天の落ちんばかりに…

随員 鍵はあるのですね。

僧三 あるにはございますが…

随員 では早速お持ち下さい。

僧たち しかし…

随員 (毅然と)皆様、了見違いをされては困ります。政府の命令はすなはち、勅命。勅命の重きこといかばかりなるか、あなた方はよく御存知の筈です。
それに、何も我等は御本尊を召し上げようなどと言っているのではありません。あなた方の心配は良く解りますが、そのような御勘繰りは一切無用。我等の使命はただ、文明開化の国際国家として、畿内各寺に眠る仏像や宝物の仏教美術的な価値を、国際的な見地から調査、記録するという、ただそれだけなのです。
さあ皆様、話が物騒なことになる前に、早急に鍵をお持ち下さい。決して悪いようには致しませんから。


   僧たち、顔を見合わせひそひそと相談しながら渋々退場してゆく。


使者 (独言)迷信深い坊さんたちには気の毒だが、私のたましいは今までになく興奮して居る。
ギリシアの土山に立ったシュリーマンよりも確かな確実性をもって、私は今、古代の真実の直前にいるのだから。
あの錠のかかった扉の向こうには、トロイアの人々と同じく神々の末裔たる古代の人々の、遺物に染付いたたましいの残像と、その証拠として至高の、高級の芸術品が、きっとあるに違いないのだから。

随員 (独言に気付く)先生、あまりの期待は禁物ではないでしょうか。封印された祠の中には古木一本、石一つ−というのは我が国ではよくあること。

使者 今回はそんなことはあるまい。第一、君の言っているのは神祠のこと。この国古来の原始的自然信仰の神祠ならともかく、此処はれっきとした仏教寺院。しかも、仏教を興隆させ、仏教的国家としてこの国の礎を築いた、まさにその人を祀った寺である。
此処にこそこの国最高級、最高値の仏像が眠っているという可能性は高い。

随員 仰言る通りです。実は私も心の昂ぶりを抑えるのがやっと。如何なる古代の精神がこの堂の中に保存されてきたのか、これ以上重要な調査はありますまい。

使者 この国の人々が聖人君子、仏の生まれ変わりと崇拝し続けてきた聖徳太子の、あの堂の中にあるという太子等身大の仏像は、あまりに永く衆目から遠ざけられ続けてきた。
目に見えぬ仏を崇拝するというのは、初期キリスト教の偶像禁止のようで、その精神はよく理解できる。
自分の理解の範囲を超えているもの、よく解らぬものの方が有り難いというのは、如何なる宗教でも同じことだから。
しかし、最早かかる態度は許されまい。太子等身大の仏像を天下に明らかにし、その様式や技術の水準など綿密に調査し、原始的な漠然たる信仰心から、優れた芸術、高価なる美術に対するの理性的な感動へと、人々の精神を導いてやるのが、我々の仕事なのだ。

随員 (大変感心した様子で)さすがは先生。等身大の仏像の調査によって、後世に神秘化された姿ではなく、等身大の聖徳太子を復活させんとする底意。太子の形作り給いし国の民として、私の知性は今、興奮の極みに近づきつつあります。
あ、ようやく彼等が戻ってきたようです。


   僧たち登場


随員 ご苦労様。さあ、早速鍵を御預かりしましょう。

−僧たち、震えながら、鍵の入った箱を恭しく随員に差出す。随員は箱を開いて使者の前に差出し、使者はその中から古びた鍵を取り出す。しばし鍵を眺めてから、使者は八角堂に向かって歩き出す。

僧三 (取り縋る様に)御使者様、やはり、しばし御待ち下さいませ。御開扉するにも日時あり、それなりの法要儀式がやはり必要。法要の済み、吉日を選びますれば、必ず後日御連絡申し上げ、御命令に従いますれば、何卒、しばし御待ち下さいませ。

使者 (歩みを止め振返って言う)後日、後日、しばらく待て、しばらく待て。
あなた方のそのような言葉を一々信じれば、この扉の開く時は何年先に延びるだろう。
折しも今日は、私の国の記念すべき祝日、私にとって今日ほど事を断ずるのに佳き日はあるまい。
法要も、何も扉の前から行うことはあるまい。神々しき仏像への畏敬の念もって、後日仏前にて執り行えば良いだろう。

僧二 (取り縋る様に)御使者様、どうか、しばし御待ち下さいませ。伝説を軽んずるは文明の傲慢。秘仏を暴けば天変地異起こり、この寺は忽ちにして崩れ去るという寺伝、我等はあまりに恐ろしゅう御座います。

使者 人々の無明の恐怖を取り除くのがあなた方の仕事。僧侶がそのように恐れるとは、あなた方の存在意義も疑わしいものとなりますぞ。
それに心配は御無用。もし仏罰あるならば、我が身一身にて受けて進ぜよう。
(天を仰いで)太子の御霊よ、聞こし召せ。
夢殿を開扉する責任は我が一身にあり。
寺にも、僧侶たちにも、一切の責あらず。
雷落とすならば我が身一つを狙い、
地を割くならば我が足元のみ穿て。
さあ、これで良かろう。

僧一 あな恐ろしや、御使者様。上宮法王は我が国の基督。日出づる処、日本という国の、こころのかたちを作り給いし、地上の王、仏国の王。深植善本、遊戯神通の、我が国きっての神の子、御仏の化生の御怒りを恐れぬとは、あまりにも、あまりにも大胆で御座いますぞ。

使者 その人についてなら、私も少しは知っている。
母君、穴穂部間人妃が厩戸にて御産みになり、
生まれながらに物言うことの出来たという、
まるで我が主や釈迦と同じ伝説をもったその人に、
私は大変な興味をもっている。
異端…、否、異教徒ながらも、聖者と讚えられ、人々に熱狂的に信仰され、
あるいはその華々しき伝説故に矮小化されてしまうほどの神の末裔に、
異国人の私ですら畏敬の念を抱かぬわけにはゆかない。

しかし、だからこそ、
私はこの仕事を余人に譲るわけにはゆかぬのだ。
幸いにも政府の命令を拝し、
迷信からも自由たりうる私こそ、
彼の人の像に千年来の光を当てるに相応しいのだ。
彼の人の像も、墓場の堂に閉じこめられ続け、
迷信に粉飾された崇拝を受け続けるよりも、
風通しよく、民に真の姿を御見せになるが、
きっと良いに違いないのだ。

いざ、
今まさに、私は堂の封印を解く。
彼の人の真実の姿を恐れるものは、
早々に此処から立ち去るが良い。

−使者、堂の階段を上がる。
僧たちは震え、恐れ、堂に向かって拝跪し、一目散に駆け去る。

使者 まさに今、私は堂の封印を解く。
堂の中には秀美崇高なる仏の居られ給うか、
あるいは泰山鳴動しての鼠一匹か、

皆の衆よ、御覧ぜよ。

−使者が錠に鍵をさす音とともに、幕。








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