右手にはマウス
左手にコーヒー

早撃ち二丁拳銃に
スロウなひとときを
一杯

 




私たち
が「お茶」と言うとき、そこには色々な意味の響きが現れます。
もっともシンプルなのは「ノドを潤す飲みもの」という響き。「ちょっと一休み」というのはよく耳にする基本コードのようなもの、「恋する人とのひととき」というのは暖かな和音、「茶道礼法」というのはちょっと硬いチェンバロの響きのようなもの…。

「わたしの時間をつくるもの」−ここで言う「お茶」という言葉に、 私はそんな響きを聴き取ってもらえればと思っています。
それは「ちょっと一休み」に似た響きですが、それよりも、時の隅々にまでわたしの寛ぎを拡散させるような、豊かで、ゆるやかな、たゆたう漣のような響きです。

コーヒーであれ、日本茶であれ、中国茶であれ、どんなお茶でも構いません。時計の時間、世間の時間に埋もれた「わたしの時間」を見出だせるものならば、お茶でなくとも構いません。一杯のコーヒーでも、一人酒場で呑む酒でも、そのきっかけにさえなるものならば。

けれどもやはり、ゆっくりと心を込めてお茶を淹れること、時間をさいてお茶を美味しく飲むことは、短い時間であっても、手軽に、それを見出だすのにもっとも適した「きっかけ」であろうと私は確信しています。

わたしの一生において、わたしの時間はわたしのもの。
けれどうつつの世において、それは忘られがちであり、また、そうとばかり言っていられないのも事実です。

そのひとときだけでも、時間の視点を外から内に引き戻すこと。
−それが私の言うお茶、です。




 お茶、について 
 私的なコーヒーの恩 
 秘訣 
 淹れ手の心 
 絶妙なる間合い 

 <河上流珈琲点前>
 ネルドリップ
 
 水出し(ダッチコーヒー) 


 
 


 お茶、について 
 私的なコーヒーの恩 
 秘訣 
 淹れ手の心 
 絶妙なる間合い 

 <河上流珈琲点前>
 ネルドリップ
 
 水出し(ダッチコーヒー)
  
 
 



 
  
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お茶
について私がこのように語るに至ったのには、極めて個人的なきっかけがあります。

私は、コーヒーのおかげで、ここまで育ちました。

−…私の実家の生業は喫茶店で、マスターとママである父母の恩はもちろんのこと、商材であるコーヒーのおかげもあって、私は今、存在しています。

私のお茶への心情は、養蚕家がカイコに感謝し、農家が牛馬を祀るのに似た感情なのではないかと思います。その心情が「お茶を美味しく淹れ、ありがたくいただくことが自分自身のお茶への信義立て」という形で、お茶を淹れるとき、お茶をいただくとき、心の表面 に浮かび上がる。
それは毎度毎度意識されるような大袈裟なものではなく、心の根底にある地下水脈のようなものです。 しかし、その水脈があったればこそ、私にとってお茶の時間は大切なものとなり、大切なものとなったればこそ、その時間の美しさに、私は気づくことができたのだと思います。

しかし、お茶の時間の美しさを見出だすためには、必ずしも喫茶店の息子である必要はありません。
ちょっと考え方を変えるだけ、ちょっとこだわりをもつだけで、あなたのお茶の時間も、きっと、驚くほど美しい時間へと変貌するはずです。






さて
、お茶の時間をそのようにする秘訣、コーヒーを美味しく飲む秘訣について、お話を進めたいと思います。

豆の種類だとか豆の鮮度、焙煎の具合など、素材についての蘊蓄はここで披歴するつもりはありません(そのうち、豆の種類ごとのテイスティング・レビュー程度のものはアップしようとは思っていますが)。 そういったことに関しては、素材について詳しく情報を発信しているサイトを参照するなり、ご自分のお好みに合った豆をお店で探してみるなり(苦味、酸味などの説明は明記されているはずです)、私がお伝えしたい基本的な秘訣の次、「より自分なりの好みを見出だす」というレベルのことかと思います。

ここでお伝えするのは、素材を選りすぐる前の、ちょっとした心得、どんな種類のコーヒーであっても楽しめるという秘訣。

秘訣といってもごく単純な、誰にでもできることです。
私の考える秘訣とは二つで−
(1)お茶の淹れ方に自分なりの流儀と作法をもつ。
(2)五感とイマジネーションを研ぎ澄ます。
ただ、それだけのことです。


 お茶、について 
 私的なコーヒーの恩 
 秘訣 
 淹れ手の心 
 絶妙なる間合い 

 <河上流珈琲点前>
 ネルドリップ
 
 水出し(ダッチコーヒー)
 



 お茶、について 
 私的なコーヒーの恩 
 秘訣 
 淹れ手の心 
 絶妙なる間合い 

 <河上流珈琲点前>
 ネルドリップ
 
 水出し(ダッチコーヒー) 
 
 

   
  
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流儀・作法といっても、それは本格的な「〜家流茶道」というような、たいそれたもののことを言っているのではありません。

お茶を淹れるという日々の動作に、自分なりの美意識を持つこと。お茶を美味しく淹れるために心を配り、そうした日々の経験の中から見出だされた「こうすれば美味しく淹れられた」という経験的法則を総合的に抽出し、自らの「きまり」として大事にすること。−そのような、私的な流儀・作法を自らに持ち、お茶と対話するかのように心を込めてお茶を淹れると、それは美しきお茶の時間に誘う「ささやかな儀式」となり、また、実際お茶の『味』自体も絶対的な変貌をとげます。

たとえ、オフィスでさっと淹れるインスタントコーヒーであっても、淹れ手にそういったもの(合理性に基づいた美意識、 ちよっとした「美味しく淹れようという思い」など…)があるやなしやで、その「味」は顕らかに違ってくるものです。
豆などの素材も重要な味のファクターではありますが、それはあくまで味の方向性を定める「始点」であって、「美味しさ」に向かってベクトルを延ばす最大の要素は淹れ手の心です。

「淹れ手の心」などと言うと、抽象的な精神論のように聞こえてしまうかもしれませんが、 これは、精神論であって精神論ではありません(ベンベン)。

コーヒーを愛する人は豆の品質を第一に考えがちですが(もちろんそれは正しいことです)、 豆の差によって私たちが感じることの出来る「味のちがい」と、淹れ方のプロセスの差によって生じる「味のちがい」のどちらが大きく味に影響するかと考えますと、豆の微妙な良し悪しを感じ取る私たちの舌の敏感さよりも、「適切に淹れられたか否か」という、各プロセスの結果 に大きな幅のある「ちがい」の方が、実際問題として、最終的により雄弁で、顕らかな「差」になるものと思います。

適切にお茶を淹れるため、本当に最も必要なもの。
良い素材をそろえるよりも手軽で、重要で、しかし、つい見落としがちなもの。
それが「淹れ手の心」なのです。





二つ目の『五感とイマジネーションを研ぎ澄ます』−ということですが、これは、「淹れ手の心」という内的・心的なものを、外的な「コーヒーそれ自体」に顕在化させるために必要なファクターです。

自分なりの「美味しく淹れる流儀・作法」というものを経験的に見出だしたとしても、それは不変の尺度ではありません。
豆の種類、焙煎や挽き具合、気温や状況、淹れる方法、作る分量…そのような場合場合の要素の変化に対して、 淹れ手は柔軟に、微妙に方法を加減せねばならず、そこに「五感とイマジネーション」というエッセンスが必要になってきます。

そういった柔軟性や想像力が伴わない「淹れ手の心」は、喩えるならグラム量りや温度計、砂時計のようなものです。
それら計器による尺度が数値的に一定で正確なものであっても、固定数値を常に一定に保つこと=(イコール)常に最善のレシピ−ではないことはどんな料理・創作においても明かなことです。

状況に応じて、達人の真剣勝負のごとく一進一退、にじり寄ってはにじり退がるような、五感を研ぎ澄ました間合いをとることによって、「淹れ手の心」は初めて「コーヒー」とシンクロナイズするのです。


そのようにサービスされたコーヒーを、飲み手側も心の感度を研ぎ澄ましていただくことによって、お茶の空間は最高級に豊かな、美しい時間として完成します。



 お茶、について 
 私的なコーヒーの恩 
 秘訣 
 淹れ手の心 
 絶妙なる間合い 

 <河上流珈琲点前>
 ネルドリップ
 
 水出し(ダッチコーヒー) 


 お茶、について 
 私的なコーヒーの恩 
 秘訣 
 淹れ手の心 
 絶妙なる間合い 

 <河上流珈琲点前>
 ネルドリップ
 
 水出し(ダッチコーヒー) 
 
 

   
  


お話のついでに、ここに私のコーヒーの淹れ方をいくつかご紹介します。


ネルドリップ

現在、もっとも市民権を得ているコーヒーの淹れ方はペーパードリップかと思いますが、ネルドリップは紙フィルターではなく、片面 が起毛した「ネル」布を使用します。
「ネル」は紙よりもゆっくりとお湯を通すので、充分に蒸らされた、とろりとした舌触りの、濃厚なコーヒーを淹れることができます。
ネルの保存、準備、片づけなど、紙フィルターより若干手間がかかりますが、 その他はペーパードリップとほとんど同じですので、現在紙フィルターを使っている方なら、比較的簡単にチャレンジできる方法かと思います。


 







<道具>
ミル・フラスコ
ネル・ネル柄
水指・湯沸かし


<手順>

1. まず、フラスコにお湯を入れ軽く振って、水差しの蓋を載せて温めておきます。

2. その間に、ミルで豆を挽きます。私はドイツのザッセンハオス社製のものを愛用しています。

3. フラスコの湯をカップに移し、そちらも温めておきます。水指からネルを取り出して絞り、ネル柄に通 し、フラスコの上に置きます。
ネルの起毛面を内・外どちらにするか諸説ありますが、私は起毛面を外にします(※詳しくは後ほど)。

4. 豆をネルに移し、山を軽くゆすって、ほんの少しだけ中央が盛り上がるくらいのなだらかな面 にならします。

5. 直前に沸騰させたお湯(煮えたぎった状態から、少しだけ落ち着かせた高温のお湯)を、豆の中央あたりにゆっくりと、細くたらします。
広く「の」の字を書きたいところですが、なるべく浸透圧で湯を全体に行き渡らせたいので、中央あたりで、できるだけ小さな「の」の字を数回、小筆で書くように湯をたらします。これは最初の「蒸らし」ですから、豆がポコッと盛り上がってきたら、すぐに湯を止めます。
湯を止めてからもしばらく豆が盛り上がり続ければ、蒸らしが上手くいっている証です(豆の鮮度によって差はあります)。

6. フラスコにファーストドリップが二、三滴落ち始めたら、二度目の湯を注ぎます。 最初と同じ場所、少し大きめの「の」を書くと、白い泡を立てながら豆が盛り上がってきます。
豆が湯に浸かりきってしまってはいい抽出ができないので、ネルの中で豆と湯が丁度共存できる程度、順次フラスコにコーヒーが垂れてゆけば確実に豆よりも湯の量 が少なくなってゆくという程度で、かつ「限界まで多め」に湯を注ぎます。

7. 先に注いだ湯が豆に行き渡り、フラスコにコーヒーが作られてゆきます。頃合いを見計らって(白い泡が消え始める前)、湯を注ぎ足します。
順次、豆は確実に湯を含んで重たくなってゆくので、 三回目は二回目より、四回目は三回目より、つぎ足す湯の量 は少なくしてゆきます。そのため、二回目は「限界まで多め」に注いでおくのです。

8. ネルの中での豆の呼吸は 徐々に小さくなってゆきます。呼吸が完全に止まる前、末期の安らかさが感じられたならば、なるべく早くネルを外します。

9. カップの湯を水指にあけ、外したネルを水指に置きます。
フラスコを軽く振り、濃度を均一化させてからカップに注ぎ、サービスします。


<ネルドリップ全般について>
新品のネルは使いはじめる前に、コーヒー粉を少々入れたお湯で煮沸します。 布の糊分を落とし、コーヒーの成分と馴染ませておくためです。
また、ネルは水に浸した状態で冷暗所に保存します。乾いてしまうと、布の臭みがコーヒーに移ってしまうのです。
ネルは湿らして使うという説と、絞って使うという説があります。ネル柄につけたまま保存し、そのまま使えるという点では「湿らしたまま」の方が便利なのですが、コーヒー豆をくぐっていない水が混ざってしまうのが嫌なので、私は絞って使っています。その方が味も良いと感じます。
起毛部を内にするか・外にするかということに関しては、 起毛を外側にすると、湿った起毛が下を向くことによってネルの側面 から外に出ようとするお湯が遮られ、お湯が下へ下へと向かう−という論拠が最も理に適っていると思うので、私は外側説を採っています。実際、こちらの方がコーヒーがしっかりしとた味になります。







水出し(ダッチコーヒー)

水出しというのは、読んで字の如く、水でコーヒーを淹れる方法です。
普通のドリッパーでお湯の代わりに水を使ってもコーヒーは出来ませんから、専用のサーバーで点滴のようにゆっくり水を落として、時間をかけて水をゆき渡らせてコーヒーを抽出します。 まるで「時間」をコーヒーに凝縮するような、ポエティックな方法です。
旧蘭領であみだされたため、ダッチコーヒーともいいます。

この方法で淹れられたコーヒーの特徴は、色や舌触りがクリアで、非常に透明感のある飲み心地であるにもかかわらず、「不思議に」豊饒な香りと風味が凝縮されているところにあります。

水出しコーヒーの見た目は、どんなに濃く、黒くとも、何故か透き通った透明感があります。透明ではない故に黒く見えるはずなのに、これは実際に見てみないと解らない、視覚的に不思議な感覚です。
そして、口に含んだ最初には、非常に細かなフィルタで濾過された、混ざり物のない、無味無臭の純な水を飲んだようなさらりとした印象を受けます。
そこで「?」と思う間もなく、どこからともなく芳醇なコーヒーの香りが口に拡がり、さらりとした舌触りであったはずの液体が、舌の表面ではそのままのクリアな感触であるにもかかわらず、直接味蕾にどっしりと、しっかりとしたコーヒーの味わいをもたらします。

それまでに培われたコーヒーの価値観に新たな衝撃を与えるような水出しコーヒーは、チャレンジしてみる価値の十分にある抽出方法かと思いますが、専用のサーバーが必要なため、そう簡単には試せません。ですので、まずは、ダッチコーヒーを出している喫茶店などで一度飲んでみて、それがどんなものか経験されてみることをおすすめします。不思議な感覚に、きっと衝撃を受けられることと思います。


 お茶、について 
 私的なコーヒーの恩 
 秘訣 
 淹れ手の心 
 絶妙なる間合い
 

 <河上流珈琲点前>
 ネルドリップ 
 水出し(ダッチコーヒー) 

 

 <道具>
 椀・撹拌匙
  ウォータードリッパー
 (pota)
 ミル

 時間


<手順>

1. 深めに焙煎された豆を細〜中の間くらいの粗さで挽き、椀に入れます。

2. そこに水を少しづつ注ぎ、匙で撹拌します。
長時間点滴される水を全体に行き渡らせるために、浸透圧による「呼び水」として豆を湿らせます。そのための加湿なので、「適度な湿り具合」というのが肝要です。乾いた部分がなく、しかし視認できるほどの水を入れず、サクサクとした感触で撹拌できる程度に。
ここで必要以上に多く水を注いでしまうと、ファーストドリップに濁りが生じてしまいます。

3. 濾過布を敷いたサーバーの豆入皿に豆を移します。ギュッと押さえつけ過ぎず、ふんわりとさせ過ぎず、適度な密度(地面に置くと下半分が崩れる泥団子程度)に、平にならして詰めます。
サーバーの説明書やウォータードリップの案内書には、サーバーの豆入皿内で水と撹拌すればよいというような表現の記述が見られますが、ここで撹拌すると、均一に全体を加湿し、かつ、適度な密度で詰めるということが確実に不可能です。加湿にムラが生じ、濾過布の目をつまらせ、部分的に豆が泥っぽくなってコーヒーが濁ってしまうので、私は面倒でも必ず別の椀で撹拌してから移し替えます。

4. フラスコに豆入皿とウォータードリッパーをセットします。私はハリオ社製のPotaというサーバーを使用しています。

5. つまみを調節し、まず水がたくさん出る状態にして、そこから絞り込むように点滴の速度を調整します。速度が速いとコーヒーの濃度は薄く、遅いと濃くなります。
速度によってコーヒーのクリア感は変わらないので、ゆっくりと抽出して濃い目に作った方が、水出しならではの「クリアかつ芳醇な」味わいが楽しめます。
時々によりますが、おおよそ3秒間隔くらいが、私の間合いです。

6. 7〜8時間で、約5杯分が抽出されます。
コーヒーのクリア感は点滴する水の温度によって左右されるので(水が冷たければよりクリアに、温かければ濁った感じに)、もし、その7〜8時間の間にあまりにも水の温度が上がってしまうようであれば氷を足すなりのケアが必要です。しかし、基本的にはひたすら待つことがこの間の作業です。
(ただし、ウォータードリッパー内の水圧の変化によって、水が止まってしまったり、速度が変わってしまうということはあり得るので、時々点滴のチェックはします)

7. 水で出されたコーヒーは、アイス、ホット、常温、それぞれの方法で飲めます。
アイスの場合は氷を使うよりもなるべく冷蔵庫で冷やした方が、コーヒーそのもののクリアな感覚が一層楽しめます。 ゆっくりと抽出されるためか、冷蔵庫で数日保存していても味と香りはほとんど劣化しません。
ホットにする場合は直火にかけず、湯せんにします。こちらの場合も、日数が経っても、淹れたてと遜色ない豊かな香りがします。
出来立てのものを常温で、ワインのテイスティングのように舌の上で転がして味わうのも、この方法ならではの贅沢なコーヒーの楽しみ方です。



 
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